2010年4月2日金曜日

さくら、桜、サクラ










桜が咲き始めて何日間か非常に寒い日が続きました。そろそろと花びらを拡げていましたが、このところの暖かさに次々とほころび始めました。今日の、春の嵐にも踏ん張ってくれているようで、この週末は満開の花見が出来るのではないかと期待しています。

春休みはクラス会や園庭の花見の会が何回か行なわれましたが、ちょうど寒さが戻って来た時期に当たり、とても園庭での花見が出来ず、部屋の中で寒さに震えていたようで残念に思いました。今週末は確実に暖かさと天候の良さが戻ってきますので、よかったら出かけてきませんか?みごとなサクラの下で花見が出来ること請け合いですよ。

もうすでに春休みは終盤になってしまい、毎日の作業ももう少しになりました。新年少の部屋は内部の増築は終わり、ベランダの工事に移りました。 なんとか間に合いそうで安心しています。下駄箱は私がしっかりと作りましたので機会があれば見て下さい。ヤギたちも食欲旺盛で、元気です。ガーコは小さい子どもを追いかけ回すようになってしまい、何人かの子どもが泣いてしまい、その度に、私が「強気になってガーコを逆に追いかけなさい」と言っています。アヒルやガチョウの性格として、人を追いかける性格が元々あるのですが、逃げる人を見ると必ず追いかけます。皆さん、ガーコに対面した時は、強気で追いかけるようにして下さい。そうしないと追いかけてきますよ。

2010年3月28日日曜日

新年度の準備




 



 幼稚園は春休みに入りました。春の別れの名残か、卒園児の同窓会が盛んに行なわれています。小学校の卒業で次ぎには中学校になる卒園生や、中学校から高校生になる子どもたが入れ替わり立ち替わり園を訪問し、同窓会を開いています。久しぶりに会う子どもたちは、身体が大きくなっているだけでほとんど変わらないように思えます。実際は大きく成長しているのでしょうが、園に来ると、昔の楽しかったあそびや仲間との再会に興奮気味に園庭をかけ回ったりしています。

そんな声を聞きながら、私は新年度の準備に追われています。この春休みの時間を使って、新年度の年少組のクラスの増築や下駄箱の製作に追われています。本来は専門業者に任せていれば良いものの、自分の思いや費用的なことを考えると自分の技術と相談しながらこつこつと作業にいそしんでいます。休みに入ると、園の足りないものやこれがあるときっとおもしろいんじゃないかという思いが膨らんで、あれもこれもと欲が出て来てほんとうに時間がたりません。在園の子どもたちが新学期になったら見つけてくれるでしょう。そのためにも毎日こつこつと頑張りましょう。

このところの寒さで桜の花も足踏み状態です。この桜が散る頃には新入の子どもたちと在園の子どもたちが園庭中をおもいっきり使って遊び回ることでしょう。それまでは毎日作業に勤しみましょう。

2010年3月19日金曜日

希望に胸を高鳴らせて。



昨日、卒園式が終わりました。子どもたちがしっかりと自分の足で立っている実感を覚えた式になったと思います。手前味噌かも知れませんが、子どもたちの真剣な目や行動を見るにつけ、自然と涙腺が緩むのを覚えました。何人かの子どもが私の顔を見て、クスクスと笑っていました。日頃は笑顔や叱る時の真剣な顔しか見たことがないでしょうから、笑われるのは当然でしょう。式が終わり、園庭に出てお母さんやお父さんとお話をさせて頂き、改めてこの園の教育をしっかりとしていかなくてはと、改めて肝に銘じようと決心しました。

一夜明け、今日は年中と年少だけがバスに乗りました。年長の子どもたちがいないのは、こんなに静かなんだと年長のエネルギーのほとばしりを実感しました。年中や年少も4月からの園の生活の中で年長や年中になる実感が出たときにもっとエネルギッシュになるだろうと予想します。

バス停の其処此処で卒園した年長がバスを見送りに来てくれました。ある子はバスを追いかけ、ある子は手を夢中になって振っていました。園からの旅立ちを惜しむようにいつまでも手を振っている子どもたちに、嬉しいと思う心と、希望に胸高鳴らせて次の道に進んで欲しいとの思いを念じました。

この一年の年長の子どもたちの成長は著しいものと信じています。必ずや次のステップで希望という信じられるものを獲得することを確信しています。


頑張れ、新一年生!!!

2010年3月15日月曜日

お弁当、お弁当、うれしいな!






つい先日、今年のお弁当が終わりました。年長にとってはお母さんが最後に作るお弁当なので、各々楽しんで食べていたようです。

写真にあるお弁当を見て、懐かしく思う人もいるでしょう。2〜3年間毎朝お弁当を作っていたお母さんにとっては、子どもたちが「全部食べたよ」や「このおかずが美味しかった」など、日々の子どもたちの食べる様を想像しながら、一生懸命に作った日々でしょう。卒園したお母さんに聞くと、子どもたちのお弁当作りは、大変なこともあるけれど、自分の愛情を子どもたちのいちばん興味のある、食べること、に借りて表現できること、そして、子どもたちの笑顔がいちばんの励みということでした。

今、食育と言われていることが広く伝わっています。この食育の本質は何でしょう?お母さんが子どもが食べる物に愛情を注ぐことがいちばんではないでしょうか。お弁当作りは毎日のことです。そんなに一生懸命に凝ったお弁当を作ると疲れてしまいます。(すごく楽しく毎日凝ったお弁当が作れる人や、自分の趣味のようになっている人は別ですが)子どもたちが、「今日もお母さんの作ったお弁当はおいしかったよ」と言ってくれるお弁当で良いのではと思います。今は便利な冷凍食品も多くあります。それらをお母さんの愛情で変身させて下さい。

私が担任をしていたクラスのある女の子が、お弁当箱に真っ白なご飯だけを持って来たことがありました。びっくりしてその子に聞いてみるとこんな答えが返ってきました。「これはね、田舎のおばあちゃんが毎日田んぼに出て、一年かかって作ってくれたお米なの」「昨日、送って来てくれたからお母さんに頼んだの」「お弁当、おばあちゃんのお米だけにして」って、「それは美味しいだろうね、残さず食べるんだよ」

こんなことは多くはありませんが、女の子の気持とおばあちゃんの気持、お母さんの気持と担任の気持が手に取るようにわかります。こんな愛情が子どもたちの食べるということの思いにつながってくれたらと思います。

お母さん方、毎日のお弁当作りありがとうございました。子どもたちも毎日楽しく食べることが出来ました。

2010年3月5日金曜日

海賊船を作ってます







年長のMくんが私に耳打ちしました。「園長先生、基地作ろう!」「いいよ、どんなのが良いかな」「どんなんでもいいよ」「そうか、考えておくね」去年の暮れにMくんに課題を与えられました。

色々考えた末、今年は海賊船にしようと思いました。1月、2月と子どもたちの様子や時間を見計らってとうとう海賊船作りが始まりました。年長や年中、年少の子どもまでもが入れ替わり立ち代わりカナヅチを持ってトントンと始めました。みんな釘を打つのに夢中です。さすがに年長は上手に釘を打ちます。年中の子どもも上手に打つ子とまだぎこちない子がいます。でもみんなやりたくてしかたがありません。私がカナヅチやのこぎりを出すと我先に集まってきます。

だんだん出来上がると子どもたちのイメージが湧いてくるようで、ここに◯◯がほしい、ここがこうなると良いんだな、など要求が多くなります。今、Mくんの要求で、旗を掲げようと試みています。これからどんな要求が出てくるか楽しみでもあります。さて、無事出航するでしょうか?

2010年2月26日金曜日

お別れ遠足




 年長のお別れ遠足へ行ってきました。いつになく暖かい日になったので、子どもたちも保育者たちも楽しい日になりました。例年のように、北鎌倉まで電車で行き、そこから徒歩で由比ケ浜までの行程でしたが、子どもたちは元気でどんどんと歩き、途中の葛原ヶ岡の休憩でも鬼ごっこを始める子どももいて、子どもたちの体力の底知れなさに驚きを感じました。園でのあそびの中から自然と体力がついていたのでしょう、改めて環境の大切さを痛感しました。この子たちが入園したての頃は園の坂の登り降りもままならない子もいたのですが、毎日の生活がいつの間にか子どもたちの体力を向上させ、あそびを通してどんどん向上していったのでしょう。

長谷寺で昼食をとり、鳶に食べられないように気にかけながら食事を終え、由比ケ浜での水遊びに突入しました。帰りのバスの中でも眠る子どももそんなにいず、ワイワイと園に戻ってきました。楽しい一日を良い日に行なえたことに満足しています。

2010年1月29日金曜日

Hちゃん

3歳児の活発な女の子、Hちゃん。女の子3人でお姫様のような出で立ち。首にはネックレス、長いスカートを翻し歩いています。私の所にやって来て、「バオバブの部屋に入っていい?」と小さな声で聞きました。中を見ると、今日はバオバブの日。2歳の子どもたちとお母さんがいます。私と3人のレディたちは入口のガラスに顔をつけて中をのぞき込みます。どうやら無理のようなので、3人に言いました。「バオバブやっているから無理のようだよ」「でもお姫様、みんなでオレンジを食べましょうか?」「食べるーっ」3人とも大きな返事の後、畑の際にある夏みかんを穫って、4人仲良く腰をかけて食べました。

次の日の園庭でHちゃん、前日とはまったく違った出で立ちでターザンロープや木登りにいそしんでいました。タイヤブランコの木に登っているHちゃん、年中の女の子に声をかけられてメソメソしています。木の下から私が声をかけました。「降りれるの?大丈夫?」日頃のHちゃんなら、登ったり降りたり自由自在の筈ですが木の上で顔を伏せています。「降ろしてあげようか?」もう一度聞くと、いやいやの様子。ピンときた私、担任の先生の名前を「◯◯先生に降ろしてもらおうか?」顔を伏せたまま、小さくうなずきました。

S先生を呼んで木のところに戻ると、Hちゃんはすでに木の下に降りていてニコニコしながら待っています。担任が声をかけると、今までのことが嘘のようにニコニコと対応しています。

子どもたちにとって自分のクラスの先生は本当に頼りがいがあるのでしょう。一年間の皆との生活で信頼や解りあえることが出来ているのでしょう。特に3歳児にとって先生の存在は最も大きなものなのだと実感した日でした。信頼という、人間の持つすばらしい感覚を子どもたちも日々の生活の中で確実に身につけていることを確認できたことに喜びを感じました。

2010年1月6日水曜日

新しい年に向けて



新年の挨拶が大分遅くなりましたが、改めて今年のご挨拶をします。「あけまして、おめでとうございます」年賀状を頂いた皆さんにお礼を申し上げます。現役の子どもたちや卒園の子どもたち、父母のみなさんから近況や今年の抱負など、読んでいて心温まる思いでいっぱいです。
子どもたちのいない幼稚園は静かです。特に正月からは私とヤギ、チャボとウサギとガーコだけが幼稚園の住人のようで、ヤギに話しかけたり、ガーコの水の取り替えの冷たさにぶつぶつと文句を言ったりの毎日でした。でも、この子たちは久しぶりの静けさに元気を取り戻したように活発に動いています。もうすぐ、子どもたちが園に帰ってきます。それまでの短い間を謳歌してくれればと思います。

今年一年はどんな年になるのでしょうね。より良い子どもたちの成長をと取り組んで来た園生活ですが、すぐに答えが見つかる訳でもありません。常に今、目の前にいる子どもたちから学びとる他ありません。一日一日を子どもたちとの生活を充実させることで多少の子ども理解が少しでも向上できるのではと期待しています。どんどん年をとってくるということは、子ども時代から遠くなることですが、常に子どもの心を忘れずに生きていきましょう。皆さんも、遊び心と好奇心を忘れずに、大人を生きて下さい。

水の冷たさが身にしみる毎日ですが、動物たちは元気です。子どもたちを心待ちにしている風に感じるのは私のエゴでしょうかね。実は私が心待ちにしているのではと思います。


毎日を子どもたちとともに。驚きと発見を喜びながら!!!

2009年12月30日水曜日

反省文2009


 一刻も早く立ち去りたい。こんなことは現実ではないんだ。そんな思いを抱きながら、あなたの告別式から足早に立ち去りました。車を運転している最中もいま見て来たこと、いま感じて来たことがまるで映画の一つのシーンのように頭の中をまわっています。どうしてだろう、どうなっちゃったんだろう、何で、頭の中には混乱と悲しみが交互にやってきます。悲しみは現実を認めようとしている心。混乱は現実を認めまいとする心。でも、悲しみが徐々に私の心を支配していきます。その後に訪れるむなしさ。何故なんだろう、貴方が私たちの中からいなくなるなんて。読書会「むじな」の仲間として、いや、同じ時代を生きる同士として共に歩んで来たと思っていた貴方が突然私たちのなかから消えてしまいました。


 さゆり会室にみんなを待っています。いつもの読書会ではなく、貴方にありがとうを言えなかった仲間が貴方が仲間と歩んで来た道を、話したことを、感じたことをみんなで話す会を企画しようと集まっています。貴方が私たちの中からいなくなってしまったのはわかっている筈なのに、貴方はどうしたんだろう、遅いな、もう現れるかなと思ってしまってドキッとしています。さゆり会室のドアが開いて貴方が満面の笑みで現れるような錯覚さえ覚えてしまいます。最後に貴方と話したことを覚えています。その時も満面の笑みでしたね。よほど嬉しかったのでしょう、子どもの将来のことを心配していると言いながらも確実に歩み始めたことを嬉しそうに話していました。いつも心を砕いていたことだからなおさら嬉しかったのでしょう。陽光に照らされながら門のところで手を振って帰っていく貴方の姿を今も鮮明に覚えています。


 貴方が去っていった日から数日、もう一人の人が去っていきました。私にとっては貴方と同じように私の人生の中で大切に思っている人です。その人は大変強い女性でした。子ども達の教育のことを成し遂げるため、自らの一生を子ども達の教育に捧げ、切り開いていった強い意志を持った女性でした。男勝りに活動をし、自らの道を突き進んでいった人です。この人のように貴方は強い意志を持っていたことを私は知っています。でも、貴方がこの人とは違うところは、「やさしさの強さ」ですね。強い意志を前面に出してみんなをぐいぐいと引っ張るような意思ではなく、やさしさに包みながらいつしかみんなを引っ張っていってくれたんですね。今、貴方が私たちの中からいなくなってしまい、貴方との会話や笑い合ったこと、人と人との繋がりなどを夢中に話したことが、今の私たちが貴方の「やさしさの強さ」に見守られていることをひしひしと感じます。この感覚は薄れていくどころか、日増しに私たちの中に強く入り込んでいることに気付かされます。貴方が去った悲しみは今も続いています。でも、悲しみの中に貴方の「やさしさの強さ」を感じられることの喜びを見いだせ、貴方が確実に私や私の仲間たちの心の中に存在しているという実感をひしひしと感じます。
 
 いつまでも貴方の「やさしさの強さ」が私たちの心の中に留まっていてくれることを願って、居住まいを正して言わせて頂きます。「ありがとう」


 一年前の12月29日、この世を去ってしまった同士へ送った追悼文です。あれから一年、私は同士へ恥じない生き方をして来たのだろうかと迷います。先日、娘さんとお話しする機会を得ました。あなたが仲間の中で何をして来たのか、何を思っていたのかを知りたくて私たちの話を聞き、その雰囲気を知りたいとのことでした。とてもあなたによく似ていました。考えや行動、あなたのやさしさ等が体全体から漂うように感じられました。あなたの未来は昨年の29日で「時」を止めました。しかし、その「時」が娘さんの心の中に息づいていることを感じられ嬉しく思いました。受け継がれた何かを感じ、これからもあなたの思いを感じられる喜びを確認しました。


 正直に生きよう。常に私や仲間たちが口癖のように発している言葉です。自分に正直であり、他の人たちに正直でありたい、なかなか難しい思いです。この一年、常に子どもたちへ向けたメッセージでもあります。そして、私と何らかの関わりがある人たちに向けたい「思い」でもあります。この一年、私は自分自身に恥じない生き方が出来たのだろうか?


 年の瀬に思うことが多くあります。でも新しい年はもうすぐそこまで来ています。また新たな気持で新しい年に進みましょう。今年一年の反省を生かしながら、前を向きながら確実に一歩ずつ。


今年、お世話になった人たちに自戒を込めて反省文を書きました。


 


2009年12月25日金曜日

表現する心




年長の劇表現を見せてもらいました。それぞれのクラスで子どもたちは表現することが楽しくて仕方がないようにそれぞれの役に没頭していました。多分、各々のクラスのお母さんたちも子どもたちの劇表現を保育参観というかたちで見た時、子どもたちの一生懸命さに感動さえ覚えたことと思います。


年長の子どもたちにとって自分自身を表現することの喜びは、自分が他の子どもたちに認められ、自分も他の子どもたちを認めていなければ実現できないことと思います。年長のあるクラスの劇表現を子どもたちに誘われて劇をみせてもらった時、そのことが目の前でいとも簡単に行われていることに気付き、ハッとさせられました。


言葉のやり取りの発達は年長のこの時期になると顕著になってきます。自分の思いや考えを言葉にのせて他の子どもたちとやり取りすることで、自分自身の考えがしっかりと理解でき、他の子どもたちの考えをもしっかりと受け取れる心の発達が促されるようになります。自分は他の子どもたちの中で育つという実感を、表現することでより実感できるのではないでしょうか。


私たち保育者は子どもたちを発達させることに重きをおいて保育を組み立てていきます。当然、言葉の発達や子どもたち同士の関係性等も視野に入れながら日々悪戦苦闘しているのですが、その基本には子どもたち一人ひとりの心の育ちがあることは間違いないことです。そのために、あそびや日々の生活、表現することや行事に向かって行く活動の中に個人の心の育ちを見ていく大切さは理解しているつもりです。


3人の子どもたちが蛸になって出てきました。劇の一部分ですが、子どもたちは手や足をぐにゃぐにゃさせながら本当の蛸のように振る舞っています。周りの子どもたちはその子たちを温かく見守るように笑いました。3人の子どもたちはもっと張り切って蛸らしい演技に没頭し始めました。口を尖らせて手足をよりいっそうぐにゃぐにゃし、言葉を発していました。自分たちの出番が終わると、まだ蛸になりきったままで退場していきました。劇が終わった後、見ていた年中の子どもたちから出た意見は「タコが上手だった」「タコが楽しそうだった」の意見が続出しました。


私は年長の育ちは「言葉」という概念を何処かに持っていたようです。3人の子どもたちが見せてくれたのは、当然、表現のやり取りの中心的な役割は「言葉」であることは間違いないのですが、その表現の基本、子どもたちの生活の中心にあるものはおたがいの心のキャッチボールこそが自分たちを育てる基本なんだと教えてくれていることに気付きました。どんなことをしてもクラスのみんなは受け止めてくれる。こんな安心で自分自身が肯定されていることは、年長の育ちとしては最高のことと思います。それを教えてくれた3人に感謝の気持とともに、しっかりとした年長に育ってくれたことを誇りに思いました。












2009年11月12日木曜日

精米所





 年長の田んぼの活動の一環の精米に行ってきました。脱穀に続き、もうすぐ食べられるんだという思いを持って精米所に出かけていきました。始めの精米機は小さい物でしたが、最終の精米の機械は大きな物で家一軒分位の大きさに子どもたちも驚きを隠せないようでした。親切な所長さんから丁寧に説明を受け、子どもたちは玄米の色から真っ白になった餅米を見て驚いたり、触って「温かい」と声を上げたりおもしろい経験をしてきました。すでに機械に入っていたうるち米(自分たちの餅米の前に精米していた)が次々とビニール袋に入れられて出てくるのを見て、「お母さんと自分たちが作ったお米はこんなにあったんだ」と勘違いした声や機械の動いている様を見て、「機械がフラダンスしてる」などと声を上げていました。子どもたちなりにいろんな考えを巡らせているんだと笑ってしまいました。自分たちで作った米です。どんなにか美味しいでしょう。収穫祭が楽しみです。

2009年11月4日水曜日

あした天気になぁ〜れ!


 幼稚園からの帰り道、農道を車で走っていると空が開けた所からこんなきれいな空が見えてきました。もうそろそろ冬の気配が夕暮れの空気に混じってやって来たようです。
 
 子どもの頃、友だちとあそんで家への帰り道、こんなきれいな空を見たことを思い出しました。晩秋の夕暮れは子どもながらに、寂しい感じとあそびを十分にした充実感が入り交じったような感覚がありました。家々の窓から漏れる光が、「早く家へ帰りなさい、お前の家もきっと温かいよ」と言っているようで、思いっきり駈けて帰ったことも覚えています。

 子どもたちと毎日、あそんだり話をしていると自然と自分の心が子どもの頃に帰ってしまうのか、自然への興味や物ごとへの興味がどんどん膨らむのがわかります。より、幼い頃の自分の心に近づくのでしょうか、子どもの頃の自然の風景や友だちと夢中になってあそんだことががふっと思い浮かびます。多分、この思いが私の原風景なのでしょう。

 園の子どもたちも園での友だちとの関わりや生活を、数十年後、晩秋の夕暮れの空をふっと見上げたとき、寂しい気持や充実した気持とともに原風景として心の中にきっと描いてくれるのだろうと思っています。

 人は成長するにつれて空を見なくなるようです。現実を見れば見るほど、足もとを見ないと心配になるようです。当然、何かにつまずいたり転んでしまうことを恐れることは人の知恵として備えなければならないことでしょう。でも、たまには空を見上げて夢を思い出しても良いのではと思います。こんな素敵な空が見えるんですから。

2009年10月31日土曜日

ゲストスピーカー

毎年、明星大学の諏訪きぬ先生に要請されてゲストスピーカーとして学生たちに園の子どもたちの生活と保育を話す機会を設けてもらっています。保育や教育学の専門の学生たちに話すのですから、毎年、どんな話をしようかと迷いますが、今の園の環境や園の保育理念などを交えて90分しっかりと園の子どもたちの育ちや日頃の子どもたちの様子なども話してきました。次の保育の時代を担う学生たちですから、よりよい子どもの育ちを理解してもらいたく、こちらも熱が入り、ついつい時間を忘れて話す私の悪い癖が出てしまい、すまない思いを感じましたが、学生たちから次々に質問が出され、自分自身が考えている保育理念や子どもの育ちが次世代へ継承されると思うと大変うれしく感じました。今、目の前にいる子どもたちもいずれはこんな大学生になるんだと思うと、子どもたちの将来が明るいものに感じました。また、この大学の学生たちが教育の現場に出た時、多少なりとも私の話が役に立ってくれることを願いつつ、大学を後にしました。頑張れ、大学生!!!

2009年10月26日月曜日

秋まつり

前日からの雨にもかかわらずお父さんやお母さんの力で当日は雨もやみ、ちょっと寒い日でしたが皆さん楽しんで頂けたのではと思っています。本来、ブログでは写真を織り込みながら書きたいのですが、写真を撮る暇もなく、当日はいろんな場所でお会いした人にゆっくりとお話が出来ず失礼しました。慌ただしく園中を駆け回っていたようで声をかけて頂いてもじっくりと話せませんでした。「さゆり会」の大きなイベントでしたが、人々の笑顔や喜々として作業しているお父さんやお母さんの顔を見ていると、人々が生き生きと生きているという実感を感じたのは私だけでしょうか。子どもたちもこんな真剣な大人たちの姿に何か人間的なものを感じてもらえたらと願っています。人と人とが繋がって、一つの目当てに真剣に立ち向かう姿に少なからず感動さえ覚えています。「秋まつり実行委員」のみなさん。今日の後片付けまで雨にたたられてしまいましたが、楽しい「秋まつり」ありがとうございました。お父さんの会で力を貸して頂いたお父さん方、ほんとうにおつかれさまでした。そして、ありがとうございました。今日の雨にもかかわらず、最後まで後片付けをして頂いた、お父さん方ありがとうございました。

園長

2009年10月18日日曜日

お父さんの会 いも掘り&ポップコーン





 秋まつりで「お父さんの会」が焼きいもを販売します。そのため、6月に舞岡の畑にサツマイモの苗を植えました。その収穫を行いました。お父さんだけではなくお母さんも多数集まって頂き、みんなでいも掘りをしてきました。今年は今までになく大収穫で、大きなサツマイモが土から表れる度、そこここで歓声が上がっていました。

 軽トラック一杯のサツマイモを園に運び、午後からはみんなでイモ洗い、ポップコーンの種むきをしました。子どもたちも大人の間に入って一生懸命にイモ洗いやポップコーンの種取りに精を出しました。掘れたてのサツマイモや取りたてのポップコーンの種を、イモは蒸かしイモにしてポップコーンは油で弾けさせてみんなで食べてみました。よほど美味しかったのでしょう、子どもたちは口一杯にポップコーンやサツマイモを頬張っていました。労働の後のささやかな楽しみでしたが、子どもたちも大人もさわやかな秋の一日を収穫の喜びを実感した一日になりました。

PS お父さんのホームページにも、当日の写真がアップされると思いますので、参加された皆さんも楽しみにして下さい。 

2009年10月12日月曜日

すばらしい うんどうかい





 子どもたちも大人たちもこんなに一生懸命になれるすばらしい一日になりました。それぞれが真剣な顔つき、目の輝きがひしひしと伝わってきました。4月に入園した子どもたちも、年長に進級した子どもたちも、一緒になって一つのことに向かうエネルギーが園庭中に充満し、それらを感じた大人たちも夢中になって応援することでよりいっそうの充実感に包まれたようでした。

1学期は子ども一人ひとりに寄り添うことで、子どもたちが自分たちで幼稚園の生活を創っていくんだと自覚できるように、自分の好きな場所やあそび、気の会う仲間を見つける時期でした。2学期に入り、その気の合う仲間と一緒に何が出来るかを考える時期でした。その中では、自分の考えだけを押し通すのではなく、自分と仲間との関係性をも見つめる作業をしてきたのではと思います。その生活の集約されたものが運動会という形でみなさんの応援という力もお借りしながら実現できたことは子どもたちにとって大きな自信になることでしょう。

 運動会には勝ち負けが付きものです。勝った子、負けた子が出るのはあたりまえです。しかし、一面生だけの観点で子どもたちの生活を見ることは、私たちはしたくはありません。勝ちたいという気持は大切な気持ですが、それぞれの子どもたちが自分と仲間との心の通いあいや目的にむかう感覚を共有する生活の過程を大切に思っています。一つのことを充実してやり切った子どもたちは勝ち負けではなく、次のステップにもう行っています。みんなでやり遂げた楽しさや充実感を超えて、より人間らしいものを受け取った満足感に満たされていると思います。子どもたちの成長はその場には留まっていません。私たちもおくれないように一生懸命生きていきましょう。

ほんとうに運動会、おもしろかった!!!!!たのしかった!!!

2009年10月4日日曜日

うれしいこと


 先日の朝、園バスを終えて職員室に戻ると年中組のYくんが私のそばに来て手紙を渡しました。中を見るとお母さんからの手紙と本人の絵が添えられていました。絵は一生懸命に字を書いたんだと一目で分かりました。下の方には竹の絵でしょう。自分で考えて私に伝えたい思いが詰まっているようでした。絵のうらにはお母さんの代筆でこんなことが書かれていました。

えんちょうせんせいへ

いつもけんをつくってくれてありがとう!

これからもけんをつくってね。

きょう、たけをひとつください。

Yもまたいっぱいてがみをかきます。

前日、Yくんに竹の剣をつくったのを覚えていましたので、すごくうれしい気分になりました。お母さんもYくんの幼稚園であったことを丁寧に聞いてくれたんだと改めて感謝の気持でいっぱいになりました。Yくんは続けて、竹が何故欲しいかも私に話してくれました。お父さんにも竹の剣を作って欲しいので自分の近所には竹がないので私にもらいたいとのことでした。しっかりと自分の思いを人に伝えることが出来るようになったんだと改めて子どもの成長を感じた良い日になりました。また、別紙にお母さんの丁寧な手紙が添えられていて、子どもへの愛情だけではなく、子どもをとりまく他の人たちへの配慮も感じられ、子どもは愛情というこんないろんな人との関係の中で育てられるべきと改めて感じました。Yくんのご家族及びお母さんありがとうございました。      園長

2009年9月28日月曜日

がんばるぞ!!お父さんたち





9月26日の夕刻からお父さんの会の会合(飲み会??)がありました。みんながワイワイと「秋まつり」の企画を話し合い、親睦?を深めました。それぞれのお父さんが子どもとの関わりや家庭での子どもたちの姿や私からは園での子どもたちの様子など、居酒屋という環境がそうさせるのか大声を出しながら楽しい時間を過ごしました。例年の「焼きいも」の話や「焼き肉」の経験談等をOBのお父さんから聞いたり、秋まつりの雰囲気や気軽にお父さんたちが参加する趣旨等も話され、「秋まつり」に向かう新たな気持になってくれたんだと思います。子どもたちの笑顔、大人が喜々として目標に向かう姿を子どもたちに感じてもらいたいとの思いで「お父さんの会」が生まれてきました。自分の出来る範囲を無理なくしよう!!これが「お父さんの会」の趣旨ですので、是非、参加をお願い致します。

2009年9月7日月曜日

幼稚園がNHKテレビに

 9月7日(月)にNHKの取材班が来ました。2000年にソフトエネルギープロジェクト(NPO法人)の佐藤さんからお話を受けて、幼稚園に太陽光発電所を設置しました。佐藤さんの活動は、それぞれの地域に発電所を設置し、より人にやさしいエネルギーの在り方をみんなで考えるきっかけにしようというものなので園でも協力できる範囲で協力しようと言うことになり、年少組の屋根を発電所としてお貸ししました。
 だんだん自然のエネルギーの関心が高まり、今回、NHKでの放映になったようです。取材に訪れた記者が質問や佐藤さんとの会話をビデオに収めて、放映するようです。子どもたちも何人かはインタヴューを受けたようですが、9月12日の朝、7:30分の放映らしいです。その中の特集に映像やインタヴューが流されるらしいですが、どの程度なのかは見てのお楽しみになりそうです。時間があったら見て見て下さい。子どもたちがあそんでいる姿も流れるかも知れません。

2009年9月6日日曜日

そばの花が咲いた



夏休み、8月の初めに種まきをしたそばの実が芽を出し、どんどん育って花を咲かせました。何年か前、お父さんの会で秋まつりにそばを打ってみんなに食べてもらうのも良いんじゃないかという話が出ましたが、なかなか自分でそばを栽培する時間がなくて今年はほんのちょっとそばを栽培してみることにしました。学生の頃、信州を旅行して夕暮れの薄暗い中でそばの花の白さに感動した覚えがあります。今回、自分で栽培してみて夕暮れの畑に立ち、そばの花を見てみるとやはりあの感動が戻って来たようでうれしく思いました。今を盛りに咲いているそばの花ですが、そんなに長くは咲いていないでしょう、でも一つ一つの花を見ていると、その純白の可憐さになんだか安心する心と悲しみの心が交互に表れるようで不思議な気分にさせられました。もう秋なんですね、

2009年8月22日土曜日

ガーコのマイホーム




夏休み、園の環境整備にいそしんでいます。園の不具合な所やこうすれば子どもたちが楽しいのではと思う所を自分なりに考えて作り直したり新しく作っています。去年はヤギ小屋の柵を作り直し、今年はガーコの小屋を作り直しました。庭付き一戸建てプール付きの豪邸になりました。さぞガーコも喜んでいることと思います。子どもたちもガーコとより触れ合えるように工夫を凝らしたつもりです。園に来る機会がありましたら是非見ていって下さい。

2009年8月21日金曜日

ヤギ飼いになる



I先生のお子さんが夏休み、幼稚園を手伝いに来てくれました。その時、幼稚園の子やぎの世話や遊んだことがものすごく気に入ったらしく、自宅でヤギを飼いたいと熱望ししたとのことでした。I先生の自宅は東京にあり、とてもヤギを自宅では飼う環境ではないのですが、本人は諦めきれずこんな本を本屋さんで見つけてきました。

「ヤギ飼いになる」ヤギ好き編集部 編  中西良孝 監修  盛文堂新光社 発行

たった一日だけのヤギとのふれあいでしたが、本人の心の中に大きな何かが生まれたのでしょう。もっとヤギのことを知りたいという願いが身近でふれあうことで、ヤギの持つ魅力を感じ、彼女の興味、関心を刺激したのかもしれんません。実際、私も夏休み、子やぎたちの世話をする中で彼女たちの天真爛漫の行動には可愛さや心が温まるような感じも覚えています。幼稚園の子どもたちも2学期からは毎日のふれあいが待っています。子やぎたちが子どもたちの心の中の何かを刺激して、より可愛さを感じたり、心が温まることを願って。

明日は(もう今日になってしまいました)久しぶりに子どもたちに会える夏期保育です。みんな真っ黒になっているかな。夏休み中にどんな物語を紡いで来たのかじっくりと話を聞きたいですね。  

2009年7月31日金曜日



 7月の26日から28日まで、2泊3日で長野の穂高で行われた研修会に参加してきました。この研修会は写真の通り、「保育者と子どもの未来を語る会」というもので、毎年、私たちの仲間が開催しているものです。私も実行委員の一員で、全国から来る保育者を迎え、皆と子どもたちの保育について連日夜遅くまで議論してきました。私の場合、1日目、就寝時間、午前2時30分。2日目、就寝時間、午前3時。色々な幼稚園の保育者や保育園の保育士の先生と議論を交わし、子どもたちの未来のことについてどのように保育を展開しなければならないかを話してきました。さすがに年齢のせいか、2日目の夜はきつく、身体はもうお休みサインが出ているにもかかわらず、頭は増々冴えてしまい結局夜が白々と明ける頃になってしまいました。

 この研修会は「倉橋惣三」から繋がる子どもたちの生活と教育をどのようにすれば本当の意味での子どもたちの教育となるかを研修する会で、全国から保育者、保育士が集まってきます。今回は子どものあそびの意味を「ごっこあそび」を通して考えるという研修で、いろいろな幼稚園や保育園から「ごっこあそび」の事例が出され、このことについて集中的に勉強してきました。また機会があれば、私が学んだと思われることを園の子どもたちのごっこあそびに照らし合わせて皆さんにお話しできればと思っています。

 この研修会はすごく密度が濃く、非常に勉強になりますがどれだけ体力がついて行けるかが今後の私の課題かも知れません。あー疲れた。でも楽しかった。そして、勉強になった。

竹取りの翁








 ここでは、流しそうめんの前々日の竹取りの様子を書きます。自宅から数分の所に、竹を取る場所があります。写真を見て頂ければおわかりの通り、とてもこの近所の場所とは思えず、どこか東北の山奥のような感じの所です。当日は集中豪雨のような天気で、竹林に入る時は曇りでしたが途中、バケツをひっくり返したような雨になりました。この時期、竹林には多くの蚊がいます。大雨でいなくなると期待したのですが、考えが甘かったようです。多分、蚊にとってはひさしぶりの食事なのでしょう。大雨もなんのその、私の周りに雲のように集まり、ブーン、ブーンと食事の歌を歌っているようです。しかし、私も何年も竹を取っているので、今年生まれたひよっこの蚊とはキャリアが違います。完全防備、頭からつま先まで蚊に食事させる場所は与えません。黙々と竹を切り、軽乗用車の上に竹を積み幼稚園まで雨の中を運びました。全身ずぶぬれで、完全防備のための汗なのか雨でぬれたのかもわからない状態でした。去年は2人のお父さんが完全防備で手伝って頂きましたが、今回は私一人で取りにいきました。来年はどなたか蚊の食事を防ぎながら作業をしてみませんか。

PS ここは非常に湿気ていて「まむし」が多く住んでいる場所です。多くの人が入るとまむし  が出てきますので、2〜3人が適当でしょう。

子どもの気持


 園では子どもたちのあそびを保障するため、保育後の園を開放しています。ここでは、子どもたちが自由にあそぶことで、自分自身で考え、あそびを進めていくことを前提としています。しかし、園には保育者や他の大人も同時にいるのがほとんどです。ですから、子どもたちが本当に困った時は私たち保育者や他の大人が子どもたちの手助けをすることが前提となります。子どもたちへの大人の責任と考えています。

 先日、バオバブ(2歳児教室)の前のぶどう棚に来てみると、地面にまだ青いぶどうが散乱していました。そして、ヤギの餌箱の中にも青いぶどうが散乱していました。実際を見ていないので想像でしか書けませんが、多分、子どもたちがヤギに餌をやりたくてぶどう棚に登り、まだ青いぶどうをむしり取ってヤギにあげたのでしょう。在園の子どもや幼児が届く高さではないので多分小学生でしょう。園の子どもたちがぶどうが熟すのを心待ちにしていることはその子どもたちには想像すらなかったのかも知れません。ちょうど「れんげ」(絵画教室)の日だったので多くの小学生があそんでいることは分かっていました。しかし、その子どもたちもかってはぶどうが熟すのを心待ちにしていた子どもも多くいた筈です。残念で仕方ありません。子どもたちがヤギに餌をあげる行為は微笑ましく思います。ただ、あげて良い餌とあげて良くない餌の区別はこの園の子どもたちには話し、保育者と子どもたちの共通概念になっていると思っています。

 園の環境の中では、私たち大人は子どもたちが困ったときには手助けをと前記しました。しかし、子どもたちが困った時だけ手を差し伸べることで子どもたちは育ってはいかないことも事実です。良いことと悪いことの判断をくり返し提示する必要は、私たち大人の子どもたちへの責任とも言えるのではないでしょうか。子どもたちが自由にあそべる環境を私たちはできるだけ守っていきたいと思っています。その場を共有している私たち大人が、子どもたちを見守り指導していくことで、子どもたちの本来の自由が保障されていって欲しいと願います。

2009年7月3日金曜日

剣作り

 前園長が子どもたちのためにコツコツと続けていた竹の剣作りを始めました。前園長が他界してからすぐに剣作りを引き継ごうとも考えましたが、子どもたちにとって前園長との剣作りは何だったのかを確かめたくて今まで時間が過ぎてしまいました。
 以前、子どもたちは前園長の作った剣を大事そうに抱え、ごっこあそびや作ってもらう時の前園長との関わりや自分の考えを前園長に伝え、こんな剣が欲しい、ここにこう竹をつけて欲しいと要求し、自分の考えの基に自分たちの剣を作ってきました。実にその数は100種類以上に及ぶまでになり、子どもたちの作ることへの要求の高さに驚きを感じたものでした。
 まねることは学ぶことの実践を前園長は竹の剣作りで実践していたと言っても過言ではないと感じました。当然、子どもたちの目の前で子どもたちの要求する剣を作っていたのですから子どもたちは刺激を受けない訳はありません。物作りの実によい見本が目の前に展開されるのですから、子どもたちも自分のアイデアを出したり、自分で工夫したもの、自分だけのものを作るということにつながっていたことは間違いありません。道具を使い自分たちの思いを実現できることは、子どもたちの思考を発達させ、しなやかな手を獲得していく基本に位置づけられると前園長は確信していたのでしょう。まさに、金井幼稚園の教育の根幹に位置づいている子どもの教育に他ありません。
 「園長先生はなんでも作れてすごいな」私の所へ剣を作ってもらいに来たりブーブー笛を作ってもらいに来たりする子どもが、心からつぶやく言葉がこれです。前園長のように多少は子どもたちのあこがれ(もの作りのよい手本)に多少は近づいているのかなとも思います。でも、前園長は20年以上も子どもたちに相対してきました。まだまだ足もとにも及ばないことは理解します。しかし、子どもたちと対話し、子どもたちと身近で心のやり取りをここ数週間やってきました。確実に解ったことが一つあります。子どもたちの作ることへの意欲や思考の柔軟性は以前の子どもとなんら変化していないということです。そして、子どもたちは作ることのすばらしさを自ら体験していってくれることでしょう。しかし、変化したことも感じました。継続的に剣の扱いをこの子どもたちは積み重ねていないこと、以前の子どもたちは長年竹の剣を生活の中に位置づけてきました。しかし、ここ数年この竹の剣の文化を継承していないこともあり、とにかく持つことがうれしく、その気になって振り回したりしています。一人ひとりに丁寧に友だちをこれでぶったらもうこれから絶対に作らないよと言っています。当然、保育を担う保育者たちも金井幼稚園の教育の根幹にかかわることですので丁寧に子どもたちに伝えていってもらえることでしょう。決して子どもたちが理解できないものではないと思っていますし、排除することでせっかくの教育する機会をも失ってしまうと思うからです。
 毎日、子どもたちの要求に応え5〜60本もの剣の用意をし、元りす組で作っています。始めはシンプルな剣でしたが、だんだん子どもたちのアイデアの要求が増え、短かったり長かったりギザギザが増えたりしています。これからも子どもたちの要求に応えていくつもりです。子どもたちの作ることへの喜びや剣の文化の根付きをお母さんたちにも見守って欲しいとおもっています。決して人を傷つけるために竹の剣を作っているのではありません。

                       

2009年6月17日水曜日




バスの中で年長の女の子たちが気持よく歌を歌っています。この雨の季節にぴったりの歌です。バスを運転しながら女の子たちに合わせてこの歌を歌いました。始め、女の子たちはびっくりしたように声が小さくなりました。自分たちが先生に教えてもらった歌を私が歌い始めたので戸惑ったのでしょう。でも続けて歌っていると徐々に大きな歌声になり、女の子たちと合唱になりバスの中はウキウキするような空間になりました。

 子どもたちはこの歌が至極気に入ったようで、いちばん後ろの席に陣取りみんなで気持良さそうに何度も何度も歌います。今の季節にぴったりのことと、叙情的な旋律に詩が相まってしっとりとした歌になっています。歌いながら彼女たちは詩の内容にイメージを馳せているようにも感じます。心の奥に染み入るように歌い上げる彼女たちに共感を覚えながら、私も大好きな歌の一つなので一緒に歌えることに喜びを感じ、運転をしながらでもやさしい気持になれた朝でした。

 園に着いてバスから降り、職員室に向かおうとすると女の子の一人が私のとなりを一緒に歩き、黙って私と手を繋ぎました。そっと彼女の顔を見ると、優しい顔になっていることに気付きました。歌を一緒に歌っただけで同じ気持を共有出来ることに感動すら覚えました。表現する仲間として認めてもらえたような嬉しい気持になりました。

       虹

 1 にわのしゃべるが いちにちぬれて

   あめがあがって くしゃみをひとつ

  ※くもがながれて ひかりがさして みあげてみれば

   ラララ にじが にじが そらにかかって

   きみの きみの きぶんもはれて

   きっとあしたは いいてんき きっとあしたは いいてんき

 2 せんたくものが いちにちぬれて

   かぜにふかれて くしゃみをひとつ

  ※くもがながれて ひかりがさして みあげてみれば

   ラララ にじが にじが そらにかかって

   きみの きみの きぶんもはれて

   きっとあしたは いいてんき きっとあしたは いいてんき

 3 あのこの えんそく いちにちのびて

   なみだ かわいて くしゃみをひとつ

  ※くもがながれて ひかりがさして みあげてみれば

   ラララ にじが にじが そらにかかって

   きみの きみの きぶんもはれて

   きっとあしたは いいてんき きっとあしたは いいてんき

2009年6月11日木曜日

出会いと別れ


 卒園児のお母さんが帰らぬ人になりました。お通夜に出席し、悲しみに打ちひしがれるみなさんを間近に感じ、悲しみの海に投げ出されたようになりました。人には必ず別れがあるものです。でも早すぎる別れは残された者の心に深い闇を残します。

 私たちには毎年のように出会いと別れがやってきます。新しい子どもたちとの出会いは私たちに希望をもたらし、卒園というかたちの別れは後悔をもたらします。十分に子どもたちに責任を果たせたか後悔するのです。私たちには2年間〜3年間の時間をお母さん方に頂いています。この中で、十分に子どもたちの生活や発達を保証していかなければならないことと子どもたちがみんなに支えられて生きていけることを実感して欲しいと願いながら別れを迎えます。

 今年の春、こんな思いを叶えられず別れを迎えてしまった別れがありました。4月の出会いからわずか2ヶ月間の生活でしたが、やっと園にも慣れ始め自分を出し始めた矢先でしたので私も残念でありませんでした。園の教育方針を理解して頂いてはいたのですが、アレルギーの心配がお母さんの心を支配してしまったようです。兄にひどい動物アレルギーがあり、その影響が家庭に及ぶ心配でお母さんが別れを決意したようです。お母さんに私たち保育者が寄り添えなかった事に深い憤りを感じ、今まで落ち込んでいました。

 園は動物がいます。子どもたちにとって動物との関わりは自分を見つめる上で大切なことです。それは、人とのふれあいを言葉で感じる以前の感情で感じ、心を通わせることの大切さを教えてくれるからです。こんな園の教育方針は理解して頂いたのですが、いざ、目の前に展開される子どもたちと動物の生活がお母さんの心配を加速させ、家へ動物の毛が侵入することへの心配が増幅されたようでした。園の動物たちを全部整理する訳もいかなく、お母さんと話し合い、私たちは別れを納得するしか手はありませんでした。心残りです。でも仕方がない。

 相変わらず動物小屋は、のんびりと草を食んでいるヤギがいます。鳴き始めるとやかましいガーコもいます。チャボたちは今日も何個かの卵を産みました。子どもたちが動物当番で発見して、大騒ぎをするでしょう。こんな日々の中で子どもたちは動物たちとの生活を楽しんでいます。でも、一方ではこんな環境を送りたくてもおくれない子どもたちがいることも、私たちは心に留めなければならないでしょう。