2009年7月31日金曜日



 7月の26日から28日まで、2泊3日で長野の穂高で行われた研修会に参加してきました。この研修会は写真の通り、「保育者と子どもの未来を語る会」というもので、毎年、私たちの仲間が開催しているものです。私も実行委員の一員で、全国から来る保育者を迎え、皆と子どもたちの保育について連日夜遅くまで議論してきました。私の場合、1日目、就寝時間、午前2時30分。2日目、就寝時間、午前3時。色々な幼稚園の保育者や保育園の保育士の先生と議論を交わし、子どもたちの未来のことについてどのように保育を展開しなければならないかを話してきました。さすがに年齢のせいか、2日目の夜はきつく、身体はもうお休みサインが出ているにもかかわらず、頭は増々冴えてしまい結局夜が白々と明ける頃になってしまいました。

 この研修会は「倉橋惣三」から繋がる子どもたちの生活と教育をどのようにすれば本当の意味での子どもたちの教育となるかを研修する会で、全国から保育者、保育士が集まってきます。今回は子どものあそびの意味を「ごっこあそび」を通して考えるという研修で、いろいろな幼稚園や保育園から「ごっこあそび」の事例が出され、このことについて集中的に勉強してきました。また機会があれば、私が学んだと思われることを園の子どもたちのごっこあそびに照らし合わせて皆さんにお話しできればと思っています。

 この研修会はすごく密度が濃く、非常に勉強になりますがどれだけ体力がついて行けるかが今後の私の課題かも知れません。あー疲れた。でも楽しかった。そして、勉強になった。

竹取りの翁








 ここでは、流しそうめんの前々日の竹取りの様子を書きます。自宅から数分の所に、竹を取る場所があります。写真を見て頂ければおわかりの通り、とてもこの近所の場所とは思えず、どこか東北の山奥のような感じの所です。当日は集中豪雨のような天気で、竹林に入る時は曇りでしたが途中、バケツをひっくり返したような雨になりました。この時期、竹林には多くの蚊がいます。大雨でいなくなると期待したのですが、考えが甘かったようです。多分、蚊にとってはひさしぶりの食事なのでしょう。大雨もなんのその、私の周りに雲のように集まり、ブーン、ブーンと食事の歌を歌っているようです。しかし、私も何年も竹を取っているので、今年生まれたひよっこの蚊とはキャリアが違います。完全防備、頭からつま先まで蚊に食事させる場所は与えません。黙々と竹を切り、軽乗用車の上に竹を積み幼稚園まで雨の中を運びました。全身ずぶぬれで、完全防備のための汗なのか雨でぬれたのかもわからない状態でした。去年は2人のお父さんが完全防備で手伝って頂きましたが、今回は私一人で取りにいきました。来年はどなたか蚊の食事を防ぎながら作業をしてみませんか。

PS ここは非常に湿気ていて「まむし」が多く住んでいる場所です。多くの人が入るとまむし  が出てきますので、2〜3人が適当でしょう。

子どもの気持


 園では子どもたちのあそびを保障するため、保育後の園を開放しています。ここでは、子どもたちが自由にあそぶことで、自分自身で考え、あそびを進めていくことを前提としています。しかし、園には保育者や他の大人も同時にいるのがほとんどです。ですから、子どもたちが本当に困った時は私たち保育者や他の大人が子どもたちの手助けをすることが前提となります。子どもたちへの大人の責任と考えています。

 先日、バオバブ(2歳児教室)の前のぶどう棚に来てみると、地面にまだ青いぶどうが散乱していました。そして、ヤギの餌箱の中にも青いぶどうが散乱していました。実際を見ていないので想像でしか書けませんが、多分、子どもたちがヤギに餌をやりたくてぶどう棚に登り、まだ青いぶどうをむしり取ってヤギにあげたのでしょう。在園の子どもや幼児が届く高さではないので多分小学生でしょう。園の子どもたちがぶどうが熟すのを心待ちにしていることはその子どもたちには想像すらなかったのかも知れません。ちょうど「れんげ」(絵画教室)の日だったので多くの小学生があそんでいることは分かっていました。しかし、その子どもたちもかってはぶどうが熟すのを心待ちにしていた子どもも多くいた筈です。残念で仕方ありません。子どもたちがヤギに餌をあげる行為は微笑ましく思います。ただ、あげて良い餌とあげて良くない餌の区別はこの園の子どもたちには話し、保育者と子どもたちの共通概念になっていると思っています。

 園の環境の中では、私たち大人は子どもたちが困ったときには手助けをと前記しました。しかし、子どもたちが困った時だけ手を差し伸べることで子どもたちは育ってはいかないことも事実です。良いことと悪いことの判断をくり返し提示する必要は、私たち大人の子どもたちへの責任とも言えるのではないでしょうか。子どもたちが自由にあそべる環境を私たちはできるだけ守っていきたいと思っています。その場を共有している私たち大人が、子どもたちを見守り指導していくことで、子どもたちの本来の自由が保障されていって欲しいと願います。