2013年11月12日火曜日
思考する子どもたち
今日、年中が前年の年長が作っていた基地の中で材木を並べたり立てたり思案している場面に遭遇しました。通り過ぎながら私が声をかけました。「しっかりと作れよ」。子どもたちは、その声かけにニコッと笑い、「うん」と答えました。どうやら自分たちのやっていることが許されることか否定されることか悩みながらも何かを創りたくてしょうがない様子でした。そんな思いを子どもたちから感じたので、通り過ぎながら声をかけたのです。戻る時に様子を見ると、どうやら柱を立てようと四苦八苦している様なので、一つだけヒントを残しました。地面の土を掘って埋めれば柱は建つことを実際にやってみせました。子どもたちは、「本当だ!」と喜んで次から次へと柱を立てようと夢中になっていました。後は子どもたちに任せ、園庭に降りて行って他のあそびをしていると、その子どもたちの一人がネジが欲しいとやってきました。どうやら子どもたちは思考しながらも自分たちがやっていることを一つ一つイメージしながら、自分たちの経験や体験から導き出した基地作りに没頭し始めた様です。ネジは子どもたちにとっては扱いにくいものなので釘ならあると答えると、其れで良いというので釘と金槌を出してやりました。ほとんど半日をかけて子どもたちはその基地の建設に携わっていました。まだ形にはなっていない様ですが、子どもたちにとってこの半日の間に友だちと思考し、試し、実際にやってみるという経験は今後の目標というものに向かう良い経験ではと思います。今度子どもたちが何かのアドバイスを求めて来たら実際に私も子どもたちの中に入り思考のお手伝いが出来るのではと楽しみに待っていましょう。
2013年11月11日月曜日
年長収穫祭
年長の田んぼの活動の集大成として収穫祭を行いました。秋晴れのもと、収穫したもち米でお赤飯を作り子どもたちが組み立てたカマドでお味噌汁を作りました。園庭にみんなが集まって秋晴れのもと食べました。この一年の田んぼの活動は、お父さんの田おこし、子どもたちの田植えに始まりこの収穫祭で終わります。子どもたちにとって種から種への自然の循環を肌で感じられたことと信じています。生活の中で自然からの恩恵を何気ない形で子どもたちが受け取ることは、必ず子どもたちの自然への感謝の気持ちや体で感じたことが自然を身近に感じながら生きることの基本を心の中に宿したことを後になって実感出来るのではと思います。「お赤飯おいしかった」「お味噌汁もおいしかった」こんな実感が子どもたちの心に残るも物語の一遍になってくれることを願って。
2013年11月6日水曜日
2013年11月5日火曜日
2013年10月27日日曜日
2013年10月26日土曜日
無駄なことを楽しむ
お父さんの会が秋まつり、恒例の焼き肉を作っています。85キロの肉のかたまりをじっくりと明日まで焼き、明日の秋まつりにみなさんに提供出来る様、夜を徹して焼き上げるのです。今の社会ではこんな無謀?な試みはなかなか難しいと同時にこんな時間をかけて焼き肉をすることなんて無駄と思われても仕方ない事かもしれませんが、この時間の共有こそが本来の人間が持ち合わせているものなのかもと思います。そもそも、この焼き肉が始まった理由は、子どもたちが普段口にしているものが元々はどんなものなのかを知ってもらうことが始まりでした。もちろん、今もその試みは続いているのですが、毎年お父さんたちがワイワイと集まって、どんなものしよう、こんなのがいいと無駄な話し合いと思われても仕方ないくらい盛り上がりながら相談してきたものをこの秋まつりに披露しています。この焼き肉の他、幼稚園の畑で収穫したポップコーン、同じく畑でお父さん方が育て収穫した焼き芋、伝統の焼きそば、同じく秋まつりの初期から続いているお餅など、お父さんやお母さんたちがこの園での繫がりを確かめ、もう一段しっかりと繋がって行くために「秋まつり」という表現を毎年楽しんでいます。ぜひ、みなさんも私たちが楽しんでいる姿を感じるために来園してみて下さい。
2013年10月24日木曜日
外あそびだけではありません
あそびは外あそびだけではありません。幼稚園では色々なあそびが展開されていますが、目につきやすいのは外遊びです。私たち大人の目には子どもたちがあそんでいる姿のパターンがあることは間違いないことでしょう。それは、元気に、大きな声で、満面の笑顔で、行動的に、といった子どもたちの姿があそびの本質、そして、子どもたちの本来の姿と映っているパターンを持ち合わせています。それは、自分の子ども時代の楽しかった思い出が身に付いている他ありませんが、子どもたちのあそびの姿を今詳しく見てみると、行動的にあそんでいる子どももいますが、じっくりと落ち着いて部屋の中でもあそびが展開されていることに気がつきます。その姿は外あそびと劣らず子どもたちの「楽しい」を表現していることに気がつきます。それは、仲間とじっくりと腰を据えて思考しながらあそぶ姿なのかも知れません。外あそびが発散ならば、部屋のあそびは集束のあそびとも言えるのではと思います。子どもたちにとってはどちらも必要な要素であることは間違いありません。特に、じっくりと腰を据えてあそぶ姿には子どもたちの思考の芽が見てとれることは間違いないと思います。
2013年10月22日火曜日
年長秋の遠足
年長が秋の遠足に行ってきました。円海山から金沢自然動物公園までの山道をみんなしっかりと歩いて行ってきました。動物園ではコアラやカンガルー等を見て歓声を上げていました。白いカンガルー、ルビーは日曜日のお父さんのようにリラックスの模様。ペリカンの所ではペリカンが長い棒を飲み込んでしまい、飼育員が取り除いてあげるハプニングの一場面に遭遇し、子どもたちから心配の声が上がり、飼育員からお礼の言葉も聞け子どもたちは動物園を堪能した様でした。その後、ローラー滑り台の場所に移り昼食。おやつを食べ、待ちに待ったローラー滑り台を楽しんでいました。天候が曇天でちょっと肌寒い気がしましたが、山道はむしろ快適でした。みんなよく歩きました。
2013年10月21日月曜日
あびの質2
子どもたちにとっての「あそび」とは?
これは私たち保育者が常に考えている永遠のテーマなのかもしれません。下の写真は午後のあそびの一コマですが、上の2枚は年少(3歳児)のあそびの風景です。真ん中の1枚は年長(5歳児)のあそびの風景、下の2枚は年中(4歳児)の園庭でのあそびの風景です。園庭では異年齢の子どもたちが混ざり合ってあそぶのですが、その一つ一つを垣間みてみると子どもたちの発達の年齢によって違いが見えてきます。3歳児のあそびは、保育者と相撲を取っている場面です。保育者は3歳児ということで子どもの力を思いっきり出させ、3歳児が満足出来るように負けることを選択しています。自分たちは出来ると感じた子どもたちは後から後から押し掛けて相撲に夢中になっています。これはまだ3歳児が自分の力を充分に発揮するということよりも、保育者に支えられてあそびを展開している姿だと思います。こんな形で子どもたちの満足を充足させることの必要性を感じているからこそ、何回もつきあいながらその度に大げさに負けている姿だと思います。
一方、下の2枚は4歳児のカイセンドンというあそびです。一本の線の上を走り、相手とぶつかった所でジャンケンをし、勝ったらどんどん進み相手の陣地を奪うというあそびです。保育者は子どものあそびの相手をすることよりも子ども同士がどのようにあそびを発展させていくかに視点をあてています。ですから、子どもたちが多少理解が難しい場面の補助に回ります。例えば、ジャンケンがどの子も理解している訳ではないので、ジャンケンポイと2人の間に立って言葉をかけています。3歳児とは違い、自分たちであそびたいという要求を満足させるためにそれぞれの子どもたちが持ち合わせた質を考え補助するようにあそびを盛り上げるように配慮しているのです。
また、中央は年長のドッチボールです。年長にもなると、自分たちであそびを展開出来る力がつきます。これは、今までの仲間関係の育ちの基本があるため信頼出来る仲間やあそびのおもしろさを充分に知り尽くしていることで、自分たちであそびを賄えることが出来るようになるのです。ここでは保育者は一人の参加者として参加し、あそびをより盛り上げたり、方向を形作るように心がけています。
このように、園庭のあそびを一見するとみんながワイワイとあそんでいるだけのように見えますが、それぞれのあそびをじっくりと見ますとそれぞれのあそびの子どもたちにとっての意味が見えてくると思います。子どもたちのあそびは深いです。これからもじっくりと見ていきましょう。
これは私たち保育者が常に考えている永遠のテーマなのかもしれません。下の写真は午後のあそびの一コマですが、上の2枚は年少(3歳児)のあそびの風景です。真ん中の1枚は年長(5歳児)のあそびの風景、下の2枚は年中(4歳児)の園庭でのあそびの風景です。園庭では異年齢の子どもたちが混ざり合ってあそぶのですが、その一つ一つを垣間みてみると子どもたちの発達の年齢によって違いが見えてきます。3歳児のあそびは、保育者と相撲を取っている場面です。保育者は3歳児ということで子どもの力を思いっきり出させ、3歳児が満足出来るように負けることを選択しています。自分たちは出来ると感じた子どもたちは後から後から押し掛けて相撲に夢中になっています。これはまだ3歳児が自分の力を充分に発揮するということよりも、保育者に支えられてあそびを展開している姿だと思います。こんな形で子どもたちの満足を充足させることの必要性を感じているからこそ、何回もつきあいながらその度に大げさに負けている姿だと思います。
一方、下の2枚は4歳児のカイセンドンというあそびです。一本の線の上を走り、相手とぶつかった所でジャンケンをし、勝ったらどんどん進み相手の陣地を奪うというあそびです。保育者は子どものあそびの相手をすることよりも子ども同士がどのようにあそびを発展させていくかに視点をあてています。ですから、子どもたちが多少理解が難しい場面の補助に回ります。例えば、ジャンケンがどの子も理解している訳ではないので、ジャンケンポイと2人の間に立って言葉をかけています。3歳児とは違い、自分たちであそびたいという要求を満足させるためにそれぞれの子どもたちが持ち合わせた質を考え補助するようにあそびを盛り上げるように配慮しているのです。
また、中央は年長のドッチボールです。年長にもなると、自分たちであそびを展開出来る力がつきます。これは、今までの仲間関係の育ちの基本があるため信頼出来る仲間やあそびのおもしろさを充分に知り尽くしていることで、自分たちであそびを賄えることが出来るようになるのです。ここでは保育者は一人の参加者として参加し、あそびをより盛り上げたり、方向を形作るように心がけています。
このように、園庭のあそびを一見するとみんながワイワイとあそんでいるだけのように見えますが、それぞれのあそびをじっくりと見ますとそれぞれのあそびの子どもたちにとっての意味が見えてくると思います。子どもたちのあそびは深いです。これからもじっくりと見ていきましょう。
2013年10月18日金曜日
年中秋の遠足
朝はちょっと肌寒い感じがしましたが、年中の子どもたちは元気に遠足へ行ってきました。円海山からウバのふところへ、せせらぎが続く絶好の川あそびが楽しめる場所です。子どもたちは沢ガニを見つけては歓声をあげ、恐る恐る触っている子、手のひらに小さいカニをのせてじっと見ている子と様々でした。普段、山歩きをしたことの無い子が多くいるようで、山の中では杖をついたおばあさんのような歩き方の子が見られました。人は歩くことで体のバランスや総合的な育ちが得られるのではないかと改めて思い知りました。もっと歩く経験をしなければ、子どもたちの体のバランスが崩れてしまうのではないかと危機感をも感じた遠足でした。しかし、沢では子どもたちが石をひっくり返しては沢ガニを見つけたり、草原を走り回ったり、遠足ということでおやつを交換したりの微笑ましい光景も目にしました。楽しい遠足になったことは間違いないのではと思います。
2013年10月16日水曜日
晴れたものの
朝、台風一過の朝日が出ると同時に心配なので幼稚園へ行ってきました。幼稚園の被害はありませんでした。ただ台風の吹き返しの風が強く、やぎの乳を搾っているとガーコの所のイチョウの木が折れんばかりに風に吹かれていました。昨日、早々と休園をお知らせしたのですが、朝になると晴れていたので失敗したかと思いましたが、こんな風を見ると休園にして良かったと思いました。街はほとんど人が歩いていず、いつもの小学生や中学生の登校姿もありません。やはり休校になっているのでしょう。今日はあきらめて明日子どもたちが来ることに期待しましょう。明日は年長の脱穀です。前日に稲が濡れるのを防ぐためとら組に稲を積み上げています。乾いたままになっているので、明日は良い脱穀ができるでしょう。一年の活動ですが、田植えに始まって脱穀、この先の収穫祭、お赤飯を収穫したもち米で頂くことにしましょう。楽しみです。
2013年10月12日土曜日
年長いもほり
年長がいもほりへ行ってきました。子どもたちは素手で一生懸命掘ってきました。普段から泥水砂で遊んでいる子どもたちです、夢中になって手を泥だらけにして収穫の喜びを得てきました。自分の手を使い実りを実感出来ることは、今の社会の中ではなかなか得難い経験なのかも知れません。ある園では、畑に茎だけが残ったサツマイモらしき物を軍手、長靴を装備した子どもたちが保育者の号令のもと無表情で掘っている姿も目にします。あまりにも大人の社会の概念だけで子どもたちを見がちなのではないでしょうか。収穫は自らの手を汚し獲得する経験が子どもたちにとって無上の喜びを得られることを私たちは子どもたちととの生活で実感してきました。汚れる前に手当をすることは、子どもたちの得難い経験を阻害していることに私たち大人は気づかなければなりません。手をきれいに洗ってさっぱりして初めてサツマイモ掘りは完結します。そんな生活を一つ一つ大切にしていきたいのです。
2013年10月10日木曜日
あそびの質
運動会を契機に、子どもたちは思いっきり体を動かすことが喜びという、化学変化に楽しさを見いだした様です。仲間とともに「あそび」をあそぶことが、自分の要求を満足させることと実感し、かけがえの無い仲間との時間を楽しむことが自分自身を成長させていることを知らず知らず身に付けているのでしょう。どの子どもたちも身体全体が輝いているように見えます。4月に入園や進級した子どもたちはここまで自分探しの時間を過ごしてきました。好きなあそび、好きな場所、好きな仲間との出会いを経験し、一回りもふた回りも大きく成長出来たのではないかと思います。事実、子どもたちの喜びを目の前の子どもたちのあそびから日々感じ取れる喜びは、保育者という立場から見るだけではなく、一人の人間としても素晴らしい経験を子どもたちから受け取っている喜びを感じずにはいられません。子どもたちは、日々成長しています。これからの1人ひとりの成長を楽しみに、子どもたちの成長の軌跡をしっかりと見つめていきましょう。
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